内池輝夫家文書(福島市瀬上町)
奥州道中瀬上宿の近江屋内池与十郎は近江国八幡町に本店をもつ近江商人である。瀬上宿出店は17世紀後半、寛文・延宝年間ころと伝えられている。寛政12年、備中国足守藩は信夫・伊達郡内2万余石を支配。以後、内池家は足守藩御用達も勤めるようになった。近世文書1968点、近代文書539点、合計2507点である。とくに「みちのく社中」に関する文書は貴重である。「みちのく社中」は内池家中興の祖である8代目与十郎永年(宝暦13年~嘉永元年)が主宰した国学の結社で、瀬上近郷の20数名を構成員としていた。その内容は和歌、和歌山の本居大平・内遠からの書状、永年編著、蔵書目録など多岐にわたり、近世後期における当地域の文化活動はこれら多数の文書から把握することができる。
『歴史資料館収蔵資料目録』第23集所収