#059 ガラス小玉製作技法の復元的検討について-遺物観察ノートより2- 福田 秀生
1 はじめに
平成26年度に遺跡調査部HPの研究コラムにおいて、『鋳型からみたガラス小玉の製作方法について』を発表し、鋳型を用いたガラス玉の製作方法を検討した。今回は鋳型を用いて造られたガラス玉以外の方法で製作されたガラス玉、いわゆる「管(くだ)つくり」と「巻(ま)きつくり」によるガラス玉に着目する。
本稿では、平成10年度に当財団が発掘調査を実施した矢吹町弘法山古墳群の横穴墓から出土した資料を
観察し、ガラス小玉の製作方法について復元的な検討を加えることとする。
観察ポイントとしては、先学諸兄の膨大な数の研究によって数多く指摘されているが、単純にガラス内部に残る気泡の状態を観察することとする。
2 ガラス内部に残る気泡の観察ポイント
古代のガラスには、細かい気泡が含まれている。これらの気泡について、製作過程における気泡の状態変化を観察することとする。具体的にはガラスの素材製作工程とガラス玉への加工工程における気泡の状態変化を想定することができる。
(1)素材製作工程
本稿で取り上げる「管つくり」・「巻きつくり」のガラス玉の製作には、溶けたガラスを引き延ばし、ガラス管またはガラス棒を作る工程が必要になる。その工程における気泡の変化をまとめると、図1に示す以下の①~③が復元できる。
①:溶けて液体のガラス内部では、気泡は基本的には球形で存在する。
②:溶けて柔らかい状態のガラスを一方向に引き伸ばした場合、球形となす気泡が引き伸ばす方向に沿って紡錘形になる。
③:さらにガラスを引き延ばすと、紡錘形の気泡が細い管状になる。または、管状の気泡が途切れ、短い管状気泡が列状に連なる。
(2)ガラス玉への加工工程
上記(1)で述べたように、冷え固まったガラス管またはガラス棒を用いてガラス玉を製作するには、「管つくり」・「巻きつくり」を問わず、ガラスの表面を再度加熱して焼きなまし、滑らかに整える工程が復元できる。この場合の気泡の変化については、次の④・⑤が想定できる。
④:冷え固まったガラスを再加熱すると、気泡内の空気が膨張するため、細い管状となる気泡が短く途切れるとともに、気泡が球形に変化する。結果的に球形の気泡列に変化する。
⑤:さらに再加熱を続けると、ガラス管またはガラス棒そのものが溶けて変形し始める。この際に、ガラス内部の気泡はガラス本体の形状変化に沿って、気泡列も変形する。
図1 ガラス内部に残る気泡の変化
3 「管つくり」ガラス玉の製作方法
(1)基本的な製作方法(図2)
坩堝内で溶けたガラスを鉄製吹き竿に巻き付けて取り、吹き竿から息を吹き込み、吹き竿の先に 中空の球を作り、これを火ハサミで掴み取り、引き伸ばして一方が 閉塞するガラス管ができあがる。
ガラス管を細かく裁断したものがガラス玉の原型となる。ガラス管の裁断にあたっては、予め管に傷をつけておけば裁断し易いと考えられるが、これを裏付ける明瞭な痕跡は確認できない。
なお、裁断に打撃が加えられるため、石器の剥離と同様に、ガラス管の小口面にネガポジの凹凸が生じるものもしばしば見られる。
次にガラス管を裁断した原型を再度加熱し、裁断した際にできた鋭い破断面を焼きなまして、表面を滑らかにする工程を経て完成となる。また、ガラス玉表面特に小口面の研磨の工程も復元できるが、「管つくり」において明確な研磨痕跡を残すものは少ない。
図2 ガラス管の製作工程
(2)「管つくり」ガラス玉における気泡の観察
写真1は弘法山古墳群7号横穴から出土したガラス玉(39)であり、紐通し孔の中心から半分に割れている(写真1aと1bは接合する)。ガラス玉の内部に残る気泡の観察が容易にできるものである。
写真1で着目すべきは、ガラス内部の気泡が球形をなし、紐通し孔の貫通方向に沿って列点状に並んでいる特徴がある。また、ガラス玉側辺の湾曲に沿って気泡列が湾曲することからも、前述した気泡の観察ポイント④・⑤に合致する。
紐孔に平行する気泡列である点から、いわゆる「管つくり」ガラス玉であることは確かである。さらに少し写真では分かり難いが、紐通し孔の表面が 滑らかになっている。
「管つくり」の製作過程においては、素材となるガラス管内部は、離型剤等に触れないため、紐通し穴の表面観察からも製作方法を判断することができる。
写真① 弘法山7号横穴 ガラス玉
図3 管つくりガラス玉の製作工程
写真2は白河市笊内古墳群35号横穴墓から出土したガラス玉である。ガラス内部の気泡が紐通し孔の方向に平行するように列点状に観察されることから「管つくり」であることが分かる。
さらにガラス管の裁断によって小口面に凹凸の状態を残し、図3に示す①を裏付ける資料となる。
再加熱によりガラス玉の側辺が湾曲していることから、その原型は、もう少し長い状態で裁断されたものと推察される。
さらに、ガラスの体積に変化がなく、全体的に短くなる点から、完成形のガラス玉に比して、素材のガラス管の厚さが薄く、中空となる部分の直径が大きいことも想像に難くない。
再加熱の具体的な方法は、工房跡が不明であるため詳細を伺う資料がなく検討課題として残るが、ガラス原型を焙烙鍋のようなものに小口面を上下の向きに並べ置き、ガラスが溶けるほど高温になった炉に入れるのであろう。
写真② 笊内古墳群35号横穴墓出土ガラス玉
4 「巻きつくり」ガラス玉の製作方法
(1)基本的な製作方法
「巻きつくり」ガラス玉の製作方法は、離型剤を塗布した鉄製の芯棒に溶けたガラスを巻きつけて作るもので、現在のとんぼ玉とほぼ同じ製作方法と考えて問題ない。
図2で示すように、引き伸ばしたガラス棒を溶かしながら巻きつけるため、ガラス玉内部の気泡は列点状に並び、紐通し孔(鉄製芯棒)に対して螺旋状に取り巻く気泡列が観察される。
ガラス玉の整形は、加熱しながら鉄芯に巻きついたガラスを回転させて整え、最終的にはガラス玉にコテ状工具を押し当てて整形するものも認められる。さらに小口面の研磨痕が観察されるものも多い。
(2)「巻きつくり」ガラス玉における気泡の観察
写真3は弘法山古墳群1号横穴から出土したガラス玉で、緑色と赤褐色のガラスが用いられた、いわゆるとんぼ玉である。出土時から紐通し孔から半分の状態であり、ガラス内部に残る気泡の状態を観察するには、絶好の資料となる。
写真では見難いが、気泡は球形になるものが大半を占め、紐通し孔に対して螺旋状に気泡列が取り巻いていることが分かる。「管つくり」と違い、管状につながる気泡が見られない特徴があり、最終的なガラス玉の整形を加熱しながら行った結果と考えられる。
その他に着目点としては、紐通し孔の表面の状態である。写真1の紐通し孔と比較して一目瞭然であるが、「巻きつくり」の紐通し孔の表面が荒れていることが分かる。これは離型剤を塗布した鉄製芯棒にガラスを巻き付けたことを示している。
写真③ 弘法山古墳群 1号横穴出土ガラス玉
5 「管つくり」と「巻きつくり」の延長上にある遺物の検討
ガラス玉の気泡の観察を通して、ガラス玉製作痕跡を検討してきたが、ここでは、珍しい特徴をもつガラス製遺物について、気泡の観察からその製作方法を検討することとする。
(1)連玉
連玉は、ガラス玉の小口面を接するように繋がったもので、弥生時代後期から出土事例が知られているが、その出土量は極めて少ない。筆者は出土した遺跡名を失念してしまったが、奈良県で連玉を実見したことがあった。なお、写真4の資料は実見していない。
写真4によれば、気泡は紐通し孔に平行して気泡列が見られることから、基本的な製作方法は「管つくり」と推察できる。紐通し孔の内壁に着目すれば、ガラス管を各玉に区切る部分が細くなる特徴が見られる。
連玉の製作方法ついては、加熱して柔らかくなったガラス管に針金等を巻き付けたり、金属ヘラを押しあてるなどして各玉に区切ると推察される。
ここで注視したい点は、ガラス管がストローではなく、図2で示すように片側が塞がっている点である。紐通し孔を塞がないように各玉に区切るためには、前述した気泡の膨張と同様に、開口する側のガラス管を塞ぎ密閉することで、加熱で膨張した空気の圧力を利用し、紐通し孔の閉塞を防いでいる可能性を指摘しておく。具体的にはガラス管の開口部分を指で押さえながら、再加熱するのであろう。
写真④
福岡県平原出土ガラス連玉
(『弥生時代ガラスの研究』より転載)
(2)京都府大風呂南墳墓群出土ガラス釧
このガラス釧について、筆者は約15年以上前に京都府岩滝町において実見し、精巧な作りに非常に驚いたことを今でも鮮明に覚えている。
写真5は、報告書から転載したものであるが、ガラス内部の気泡の状態については、極めて不鮮明である。筆者が実見した当時の観察ノートを見返してみると、「気泡の形状は紡錘形をなし、ガラスの円弧にそって同心円状に列をなす。」や「ガラス巻きつけ痕跡がある。」などの記述があった。
さらに、ガラス釧の表面観察では、A表面近くのガラス気泡が研磨で切れるものはない。B表面の研磨痕跡は少なく、内周部分は顕著である。C外周部の稜は極めて明瞭であるなどの記述も見られた。
ガラス釧の復元案については、先学諸兄の様々な方法が提示されて、実際に復元している研究例もたくさん認められた。
筆者は上記の観察点を基に、以下のような復元案を想定している。
①:直径2cmほどのガラス棒の製作
図4に示すように、坩堝から溶けたガラスを鉄製の竿に巻き取り、これを引き延ばし、竿から切り離して作ら れるのであろう。徐冷を適度に施せばひび割れによる破損は防ぐことができよう。
図2に示すガラス管の製作方法と同様に、気泡は紡錘形や細い管状になる。
図4 ガラス管・ガラス棒の製作工程
②:巻き付けの芯棒の製作
鉄製の芯棒に、表面のきめの細かい粘土を巻き付け、釧路の内周部分が接する型を作る。釧の内周部分が丸み を帯びた面で、この部分にのみ研磨痕が残ることから、ガラスが型に接する部分と判断した。
なお、鋳型を製作し、内部にガラス粒を充填させて釧を製作する復元案を拝見したが、気泡が紡錘形に伸び る点から、これは妥当性に欠けると言わざるを得ない。
③:ガラス棒を溶かしながら、芯棒に巻き付ける。
この時ガラスが高温になり、自然と垂れ落ちるため巻き付けが困難であると予想される。そこで釧の整形には、 釧の外周に認められる鋭い稜を象った木製型を想定したい。これは現代の吹きガラスの整形において、木製ヘラ や水にぬらせた紙などを用いてガラスの表面も滑らかに仕上がることからも、この方法は有効であろうと考えて いる。
④:釧の徐冷
釧はガラスに厚みがあることから、急激な温度変化による破損を防ぐために、適切な時間・温度管理をした 徐 冷を行う必要がある。
その場合、③で示した型からどのよう取り外して、どのような施設で徐冷するのか?が問題となろう。
これについて、遺物に明瞭な痕跡を残すものがないため、今後の検討課題の一つになる。
⑤:釧の研磨仕上げ
釧が冷え固まった後、最終的な仕上げ工程としては研磨が想定される。前述したように、研磨痕跡は内周に明瞭 に残ることから、それ以外の部位は研磨していない可能性を指摘しておく。
なお、上下の2つの型を用いてプレス加工による釧の製作も考えられるが、型と接する部分に研磨痕が少ない点が問題となるであろう
図5
ガラス釧の製作復元案
写真⑤
京都府大風呂南古墳群 1号墓1号主体出土ガラス釧
5 おわりに
ガラス玉の製作技法の検討にあたり、ガラス内部に残る気泡の観察が重要であることは先学が指摘する通りである。本稿では、ガラス玉の素材となるガラス管・ガラス棒の製作段階を含めた気泡の状態変化に着目し、ガラス玉の製作方法の検討を試みた。しかしながら実証的な復元実験を必要であることは言うまでもなく、検討課題が多いことは承知している。今後、更なる観察と新たな知見を収集するとともに、復元実験に着手していきたいと考えてといる。
なお蛇足であるが、昨今のガラス研究において化学分析による産地同定を試みる論考が多い。一方でガラスの特性にリサイクル可能な素材であることから、生産地と加工地があると推察できる。ガラスの生産遺構とガラス玉製作場所に関連する遺構と遺物の検討が必要であろう。北アフリカを含むヨーロッパから極東アジアにかけて地球規模の広い範囲に分布を見せるガラスについて、今後とも近年の発掘調査事例に注視し、研究課題の一つに挙げておきたい。
<写真掲載文献>
福島県文化センター 1999年 福島県文化財調査報告第369集「弘法山古墳群」『あぶくま南道路遺跡発掘調査報告8』
藤田 等 1994年 「弥生時代ガラスの研究」 名著出版
岩滝町教育委員会 2000年 岩滝町文化財調査報告書第15集
「大風呂南古墳群」
<図版転載文献等>
弘法山古墳群と笊内古墳群出土ガラス玉の写真は、(公財)福島県文化財センター白河館において、筆者が撮影したものである。
掲載した図は、筆者のノートから転載し、修正・加筆したものである。