調査研究コラム

#057 福島県における瓦質土器香炉の地域性―断章―  佐藤 俊

1.はじめに
 中世における瓦質土器を代表する器種のひとつに香炉がある。香炉と言っても馴染みが薄く、形が思いつかない読者の方も多いと思う。現代でなじみ深い例を挙げるとすれば、「仏前の線香立て」であろうか。中世でも香炉は仏教の三具足(香炉・燭台・花瓶)に挙げられ、仏事に欠かせない器物だったようである。観応2年(1351)に成立した「慕帰絵詞」の中にも燭台、花瓶に並んで筒形の香炉が描かれている(図1)。
 中世の香炉には青磁(輸入陶磁器)、瀬戸窯産、瓦質土器の3種が存在している。中でも瓦質土器の香炉には、青磁や瀬戸窯産の模倣と考えられるものや、在地独自の器形も存在しており、その整理が課題と言える。
 そこで、本コラムでは福島県内の瓦質土器香炉の器形を整理し、他地域との比較を行うことにより地域性を探っていきたい。香炉の分類に関しては、水澤幸一氏の分類案(水澤1999)を使用する。また、他地域との比較に関して、山形県、新潟県の資料を使用していく。この際山形県内の瓦質土器は、高桑氏の論考に記載された集成したデータ(高桑2003)を、新潟県内の瓦質土器は、水澤氏の論考に記載された集成データ(水澤1999)を活用していく。

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図1 「慕帰絵詞」

(東京国立博物館画像検索 慕帰絵詞(模本)画像番号c0006719から一部加工して転載webarchives.tnm.jp)

2.研究略史
 当該地域における瓦質土器香炉の研究において、工藤清㤗氏と水澤幸一氏の分類案が著名である。
 工藤清㤗氏は浪岡城跡出土の瓦質土器を分類しており、瓦質土器香炉は全5類としている。香炉類は火鉢類より小形であることからの機能判断であり、口径20㎝以下を目安としている。
 ⅠB1類:口縁が外側にやや張り出し、円筒形の底に三脚が取り付けられる類。
 ⅠB2類:口縁が直行して立ち上がる円筒形で、底に三脚が貼り付けられる類。胴部中央にスタンプ文を一定
      間隔で押圧することが多い。
 ⅠB3類:口縁が外側に丸くつまみ出され、すぼまった頸部に丸く張り出す胴部が接合され底部立ち上がりに
      三脚を有すると考えられる壺形の類。胴部にスタンプ文を周回させる。
 ⅠB4類:口縁が内側に屈曲して直立し、胴部上半が外側に張り出して、おそらく高台付着の底が推定される
      類。一般的に無文と考えられる。
 ⅠB5類:その他の香炉類。火鉢形を小型化した製品が多いと思われるが、全形を知り得る資料がほとんどな
      い。(工藤1989)
 水澤幸一氏は北東日本海域(北陸諸国~出羽・陸奥国)から出土した瓦質土器を網羅し分類している。香炉(円形小型鉢)は全6類に分類している1)。器高10㎝以下の鉢類で、径は、ほぼ20㎝以下となる(図2)。

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図2 水澤分類図(水澤1999から転載)

Ⅰ類:体部がやや開きぎみに直立し、断面が箱形を呈するもの。最も一般的なもので、脚部は板状や乳頭状のも
    のがある。体部はスタンプ文を押すものが多い。口縁部の形態から方頭(a)、尖頭(b)、外反(c)、外
    反で波状(d)、有段(e)に5分できる。
 Ⅱ類:体部が内湾するもので、口縁を内側に引き出して上に面を取るもの。浅鉢Ⅱb類を小型化したものである
    。外面にスタンプ文を押すものが多い。数的にはあまり多くなく、三貫梨遺跡出土資料や下町・坊城B地
    点が、好例である。
 Ⅲ類:口径20㎝程となるⅡ類の下に筒状の体部が付くもの。ただし、体部が内湾するものの口縁が肥厚する直
    縁のもの(b)もある。風炉Ⅳ類に対応するものである。他の器形とは異なる大型の香炉と考えられる。
 Ⅳ類:袴腰形のもの。内湾する体部に直立する頸部と外反する口縁を付したものである。青磁あるいは瀬戸・美
    濃製品を写したものであると考えられるが、体部には多段のスタンプが入る。なお青磁と同じ大型品も存
    在する(下町・坊城C)。
 Ⅴ類:短頸壺形のもの。
 Ⅵ類:Ⅰ類の体部が直に立ち、方頭を呈し、底部際を駒の爪状にはり出すもの。内面中位に突起があり、蓋を伴
    うと考えられる。脚部は板状の三脚。体部外面に2段ほどのスタンプを押す (水澤1999)。

3.福島県内の様相
 
福島県内で瓦質土器香炉が出土した遺跡は、管見では18遺跡を数える。会津地方ではみられず、浜通り地方では2遺跡、中通り地方では16遺跡と、大半の遺跡は中通り地方に集中する傾向がみられる。もっとも会津地方で瓦質土器香炉がみられないのは、中世後期における遺跡の発掘調査例が少ないことに起因すると考えられる(図3)。

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図3 福島県内から出土した瓦質土器香炉

遺跡の種別では城館跡が12遺跡と最も多い。ほかでは、屋敷跡である富塚前遺跡や町跡である荒井猫田遺跡や寺院跡の輪王寺跡が挙げられる。また、徳定A・B遺跡からは火葬土坑(荼毘遺構)が確認されており、葬送の場からも出土している。
 分類ごとの数量をみると、袴腰形のⅣ類が圧倒的に多く、21点が出土している。それ以外では円筒形のⅠ類が5点、Ⅲ類が1点、水澤氏の分類外の器形が2点となる。また、Ⅱ・Ⅴ・Ⅵ類は出土していない(図4)。 

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図4 福島県内の瓦質土器香炉分類比率

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図5 山形県内の瓦質土器香炉分類比率

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図6 新潟県内の瓦質土器香炉分類比率

福島県ではⅣ類が卓越するのに対して、山形県や新潟県ではⅠ類が卓越する結果となり、明確な地域差が読み取れた。

5.Ⅳ類の瀬戸窯模倣について
 
今回、集成した福島県内のⅣ類の中には、袴腰形でも①頸部が直立気味に立ち上がり、口縁端部で急に外反するものと、②頸部が外反しながらそのまま口縁部にいたるものの、2種に細分されることがわかった。この形態的特徴は古瀬戸の香炉に共通するものがあり、①は古瀬戸中期様式、②は古瀬戸後期様式の模倣と推測される(図7)。

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図7 瓦質土器香炉Ⅳ類のモデル生産

6.久世原館跡・番匠地遺跡出土の瓦器香炉について
 いわき市久世原館跡・番匠地遺跡出土の瓦器土器の香炉は、体部が球胴状となる器形で、底部に脚がつき、外面体部にはスタンプが押される。この香炉は水澤分類には現れてこない器形である。しかし、中世鎌倉遺跡出土の瓦質土器分類(鈴木2009)の「太鼓胴形」と共通する器種である。今後、東北の瓦質土器香炉の地域性を考える上で注視すべき器種であろう(図8)。

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図8 瓦質土器太鼓胴形香炉

7.まとめと課題
 
本コラムでは、大きく3つの事象について指摘した。以下まとめてみる。
①福島県内における瓦質土器の香炉は、袴腰形のⅣ類が卓越する。一方新潟県、山形県では円筒形のⅠ類が卓越す
 る。このことから、福島県と他地域の間で瓦質土器の器形に地域差が生じる可能性を予察した。瓦質土器香炉の器形と流通の関係については後日の課題としたい。
②福島県内の遺跡から出土したⅣ類には、古瀬戸中期様式と古瀬戸後期様式の模倣である可能性を指摘した。
③いわき市久世原館跡・番匠地遺跡から出土した瓦器土器の香炉は、鈴木分類の太鼓胴形に相当する。今後、東北
 の瓦質土器を研究する上で、関東地域との関連性に着目する必要があるだろう。
 以上、現段階では予察的な内容に終始した。今後は、集成範囲を広げ、瓦質香炉の地域性について具体的に論じていきたいと考えている。

 本コラムを執筆するきっかけは、平成28年度に当財団遺跡調査部が発掘調査した南相馬市桶師屋遺跡である。桶師屋遺跡では古墳時代、奈良・平安時代、中近世の遺構や遺物が確認されている。なかには多数の瓦質土器も出土しており、香炉も含まれていた。調査部内での遺物検討会や、財団メールマガジン原稿作成の取材、現地説明会などで実見した桶師屋遺跡の香炉が本コラムの着想となっている。その際、私の他愛無い話の相手になって下さった、谷中隆氏(とちぎ未来づくり財団埋蔵文化財センター所属、平成27・28年度当財団出向)の学恩に深謝して擱筆とする。


1)水澤幸一氏は、瓦質土器香炉について、機能的に別の用途も考えられることから円形小型鉢と呼称している(水澤1999)。
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 振興公社文化財調査研究センター
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