調査研究コラム

#026 縄文土器の正面性について考える  小暮 伸之

日本人には、人や動物に限らず、いろいろなものに「顔」や「正面」があると感じる意識があります。古来の伝統や習慣の中には、それが目に見える形や仕来りとして現れていることがよくあります。

 例えば、日本料理では食材を手前から向こうへ高く盛りつけて、皿に立体感を持たせ、落ち着いた雰囲気を出す手法があります。日頃よく食べるマグロの刺身は、大根のあしらいを向こうに高く、おろしワサビを手前に低く盛ることで、さりげなく皿の正面観を演出しています。

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写真1

正面を意識した料理の盛り付け例

(『文化福島№412』
2007年1・2月号の掲載記事)

日頃あまり縁のないフグの菊花盛りは、フグの刺身を菊の花びらに見立て、一枚一枚放射状に盛っていくベタ盛りですが、手前にふぐの皮、甘皮、身皮を並べて皿の正面を表現することがあるようです。

 ここでは、私たちの生活感覚の中に息づいているこの「正面」や「顔」という意識にスポットライトをあてて、その由来を縄文土器の中に探ってみます。

図中1の土器は、新潟県阿賀町室谷(むろや)洞窟遺跡から出土した縄文時代草創期(約10,000年前)の多縄文(たじょうもん)系土器です。縁に近い部分に丸い注ぎ口が付けられています。

 この注ぎ口は実用的なものであったと思われますが、その一方で、ここに自然と人の目が止まる機会を多くし、土器の正面を意識させるという働きもあったと考えられます。

 図中2の土器は、千葉県松戸市幸田(こうで)貝塚から出土した縄文時代前期(約6,000年前)の関山式(せきやましき)土器です。

 縁の部分には注ぎ口があり、その両側には半円形の突起が付けられ、土器全体の文様もこの部分を中心にして割り付けられています。図中1の土器に比べると、注ぎ口の周辺を土器の正面にする意識が強く、装飾性が高くなっていることが判ります。

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図1 正面性を表現した縄文土器

図中3の土器は、長野県伊那市北丘B遺跡、図中4の土器は、山梨県須玉町津金(つがね)御所前(ごしょまえ)遺跡から出土した縄文時代中期(約5,000年前)の勝坂式(かつさかしき)土器です。これは、縄文土器の中で最も複雑な文様を持つ土器の一つで、土器をグルッと一回転してみないと、文様モチーフの全体像がつかめません。

 図中3の土器の胴体部分には、山椒魚(さんしょううお)か蛙(かえる)をイメージしたような文様が付けられ、見る人の目を釘付けにします。土器の円筒形の表面を絵巻物のようにして、物語を書いているようにも見えますが、その話のクライマックスには、彼ら縄文人にとって特別な意味を持つ動物が登場したのかもしれません。

 面白いのは図中4の土器で、これは出産の情景を、そのまま土器の文様にしています。土器を母体に見立てて、その胴体部分には今まさに生まれようとしている胎児が顔を覗かせています。母親の体内から新しい命が生まれる瞬間は、いつの時代でも感動的な場面です。このように勝坂式土器は、強い心理的インパクトを持つ題材を文様として描くことで、見る人に土器の正面を強烈に印象づけています。

 図中5の土器は、福島県楢葉町馬場前遺跡から出土した縄文時代中期の大木(だいぎ)8b式土器です。縁には素朴な突起が付けられていますが、ここが土器の正面になります。

 この土器の図を描いた人は誰から言われることもなく、この突起を目印にして土器の正面を決めていました。人の関心を引く不思議な力があるようです。

以上、正面性を持つ土器をいくつか見てきましたが、全ての縄文土器にこのような特徴があるわけではありません。おそらく縄文人の心の深層には、「ものには顔や正面がある」という潜在意識があり、それが土器に表現される時期、されない時期があったのではないでしょうか。

(縄文時代と現代の目立たたない接点)
 縄文土器の中に、このような正面性が見られることは、以前から知られていました。

 突起や文様で顔や正面を持たせた土器には、動物などに姿を変えた神が表現されていると推測する考古学者もいますが、そこまで積極的に解釈できるかどうかは微妙なところです。

 ただし、縄文時代は遠い昔のことで、私たちが生きる現代とまるっきり接点がないというわけではなく、冒頭でお話ししたように、日常生活の身近なところで、意外な接点を残していることは十分に考えられます。

【引用参考文献】
図1-1   1989 『縄文土器大観1 草創期・早期・前期』 小学館
図1-2   2006 『特別展 縄文時代の東西』展示図録 松戸市立博物館
図1-3・4 1988 『縄文土器大観2 中期Ⅰ』 小学館
図1-5   2003 『常磐自動車道遺跡調査報告34 馬場前遺跡(2・3次調査)』福島県教育委員会