〔21〕 笊内6号横穴墓出土大刀の鉄地銀被せの技術について 押元 信幸
1 観察から
笊内6号横穴墓出土大刀は現存長779o、現存刀身635o、刃元の最大幅が29.5o、関(まち)部の最大厚みが7oほどで、ほぼ当時のモノとしては標準の寸法であると思われた。角棟平造り両関直刀で、茎部の茎尻の形状は刃上栗尻形で、刀身は切先から130oの間で4o内反りがあった。
鞘口金具(写真1・6)には緑青が吹いていたので、銅製ではないかと思われた(後で銀地銅被せと解った)。鍔(つば)は鉄地銀被せで、(はばき)は銅製の筒に銅でふたをして、そこを刀身の形に切り抜いて、全体を銀で被せていると思われた(後で鍔と
が一体の鉄製であり、銀板を被せていると解った)。
![]() |
![]() |
![]() |
写真1 鞘口金具
|
写真2 足金具
|
写真3 足金具
|
足金具(写真2・3)は銀の無垢と銅地銀被せの組み合わせではないかと思われたが、遺物からはずした状態を観ると、やはり複雑な鉄地の形に薄い銀板が被せてあることが解った。
肉眼の観察により、柄の部分には柄巻きの様子が窺える漆の皮膜が観察された。明らかになった柄巻の構造は、2種類の糸を巧みに使いその上に漆で固めているものであった。
6号横穴墓出土大刀に残っている刀装金具の種類は次の2種類であった。
足金具2個(写真2・3)
金具は鉄地銀被せであり、鞘を一回りしている鉄のリングに2本の沈線が彫刻されていて、紐通しの孔が片側に少し傾いてついている。それら鉄で出来た胎全体に薄い銀板で被せて出来ており、表面佩裏は銀色であった。
柄元金具(写真9)(日本刀でいうならば、鍔との役目をするところである)
この金具も鉄地銀被せで、X線透過写真から形状が良く観て取れる。この金具は、の役目だけでなく、鍔の役目を同時に果たしている。
製作方法は、鉄地の部分をと鍔とに分けて製作して2つの部品を一緒に銀の薄板で被せていることが観察できた。
以上のようにこの大刀の金具は、鉄地銀被せと銀地銅被せの技法によって製作されていることが解った。このことは、金属の材質や色の違いを積極的に大刀外装デザインに取り入れて製作しようとするあらわれであると考えられた。
2 材料について
鉄地銀被せ(写真4・5)に使用した被膜となる銀は純銀を使用した。厚み約0.09oから0.11oになる様に圧延ローラーで圧延を行なった。この時、厚みがオリジナルの様に微妙に不均等になる様にした。
銀地銅被せの胎となる銀は厚み0.6oの純銀を使用した。銅は市販の純銅を使用し、同じように厚み約0.09oから0.11oになる様、圧延ローラーで圧延を行なった。銀と同様に、厚みがオリジナルの様に微妙に不均等になる様にした。
鉄地銀被せの胎になる鉄地金の材料はJIS,SS400の生鉄を使用した。
![]() |
![]() |
![]() |
写真4 銀被せ
|
写真5 足金具復元品
|
写真6 鞘口金具と足金具
|
鉄地銀被せ工程
@ 鞘の形を鉄に置き換えて、鞘と同寸法の当て金を作り、それが芯になる様に鉄を巻き付けて足金具の形を製作した。紐通しの部分を別に作り銀鑞で接着した。この工程は遺物からの観察では解らなかったので、想定で行った。可能性として鍛接も考えられるが、現在の市販の鉄では難しい。
A 銀板を、金具の大きさに合わせて金鋏で切断した。
B 銀板を絞りの技術により成形した(写真7)。
C 足金具に入らなくなる所までは、当て金を使用して、足金具の下の箇所で鑞付けをした。その後はヘラにより絞り加工をした(写真4)。
D 仕上げはヘラ跡をそのままとして、銀の色を研磨剤(ウイノール)で磨いたままの光沢のある銀色とした(写真9)。
3 接着方法について
鑞付けとは、一般に銀と真鍮(銅7と亜鉛3)の合金でできている金属(銀鑞)を、接合する金属の間で溶解させて接合する代表的な接着方法である。(高温に熱した金属の間を毛細管現象により水のように溶けた銀鑞が流れる)中でも五分鑞は、銀が10に対し真鍮を5の割合で配合しており、鑞の流れがよく強度もあるため、もっとも多く使用されている。
今回は鑞付けした後は、余分な鑞をヤスリで取り除き、サンドペーパーにより表面を仕上げた。
以前復元した鷺の湯病院古墳大刀の純銀鞘元金具では、棟側ではなく幅の広い表の面で接合されていた事が判明した(1)。
今回の銀地銅被せの鞘元金具の場合、もっとも目立たないと思われた刃側に接合面を設けた。
鉄の接合部分にも今回は銀鑞で接着したが、その根拠は遺物の形を模す事を優先したからである。また現代、市販で購入できる鉄は鍛接には不向きである事も鑞付けにした理由である。
![]() |
![]() |
写真7 当て金と金槌で絞る
|
写真8 失敗例
|
4 絞りの技術
金属板を金槌によって、立体を製作する鍛金方法として、鎚起と絞りの2種類がある。
鎚起は円盤の外側の厚みを保ちながら中心を薄くたたいて延ばし面積を広げていく技法である。絞りは、反対に中心の厚みをそのままに保ちながら、外側の厚みを厚くしたり、たたき延ばして薄くしたりすることが可能
ネ技法である。
両者共に金属の塑性硬化と延展性を利用するために、焼鈍を繰り返し行う必要がある。
当金の形と金槌の工夫により変形に絞る事も可能であるが、今回のような複雑な形では、くびれた部分が破けやすいので、あらかじめ肉厚を寄せておく必要がある。金槌での肉厚調整は厚みが薄いほど、大きさが小さいほど、難易度が高くなる。写真8は銀の地金が重なってしまいやり直さなければならなくなった失敗例である。
![]() |
写真9 鉄のヘラでの仕上げ
|
5 ヘラ押しについて
金鎚で絞り切れない程度まで、形を追い込んだ後は、ヘラ押しによる成形をおこなった。
今回のヘラ押し工程には、木製のヘラ・瑪瑙のヘラ・鉄のヘラ・プラスチック製のヘラを用意した。純銀よりも硬い瑪瑙と鉄製のヘラは、最終的な仕上げで使うと、表面の光沢やヘラ跡の痕跡が馬装具の鏡板などに見られる痕跡と近似しているように思われた。木製のヘラとプラスチック製のヘラは、作業工程上では、塑性硬化が起こりにくいので、なまし回数が少なくて済むメリットがあった。
鞘口金具・足金具・柄元金具のどの金具についても同様のヘラ押し工程を踏んだ。又、絞り製作工具は同じ理由から木槌と金鎚の両方の必要があると思われた。
6 反省点として次回は
鉄の接合箇所を銀鑞で接合したが、この点については復元品の形状を優先して、研究対象からはずしてしまったためである。このような箇所は肉眼やX線透過写真の観察だけでは、接合方法を確定できない。狭い範囲での非破壊の検査による材質確定が今後必要になっている。
26号横穴墓出土大刀における柄巻は、絹糸をそのままに展示したい研究的発想であるが、問題は、組み上がって後、この柄を持っていると、どうしても糸の伸び縮みにより緩みが生じてしまう結果になってしまったことである。当初の、計画どおり、漆を糸巻きの上に塗り固めていれば、上記の問題は防止できたと思われる。実際に使えるという機能を持った復元からはずれてしまう結果になった。
今回の銀地銅被せの鞘元金具における色の確定は、最後まで遺物からは根拠を捜せないままの確定となってしまった。遺物がこれほど残っているにも関わらず、重要な色の判断を出来なかったことは、今回の反省点であり、次回の課題でもある。
参考文献
(1) 『神々の国 悠久の遺産−古代出雲文化展−92・93』古代出雲文化展実行委員会刊 1997年3月