「やったー!!34kg。」日本で初めて、原寸大で復元した古代製鉄炉で“できた鉄”の重さがわかった瞬間です。昨年の11月1・2日の両日、まほろん体験広場において、踏みふいごにより炉に風を送り、木炭を燃やし、砂鉄を溶かして、鉄を取り出す『鉄づくり』イベントが開催されました。今回と次回の2回にわたり、まほろんプロジェクトと言うべきこの鉄づくりについてのお話しをいたします。
古代の人々が製作し、使用したものを考古学では“遺物”と呼びます。まほろんでは、この遺物を検討し、古代の技術や素材をできる限り復元して、今によみがえさせる復元研究事業を行っています。今回の鉄づくりもこの事業の一つであり、今から1,200年ほど前の平安時代の製鉄工人が作った“鉄”が対象となりました。
<発見された倒壊した炉壁(15号製鉄炉)>
<整然とならんだ羽口> |
復元した製鉄炉は、福島県鹿島町にある大船迫A遺跡15号製鉄炉です。この炉は、操業中に壁が倒れた状態で発見されました。
炉は、送風装置として踏みふいごをもち、ふいごでできた風を通すトンネル状の溝と羽口と呼ばれる土管がつながっていました。このため、炉の中に風が入る状態が初めて確認された炉です。
さらに、炉の壁が倒壊していたため、炉の大きさ、特に炉の高さが推定できました。
当時の製鉄炉は、1回の操業ごとに炉を壊し、鉄を取り出すため、操業が成功した場合、炉の大きさを推定することがほとんどできません。まさに、過去の大失敗が、今回のプロジェクトを支えたのです。
さて、鉄づくりは、最初に15号製鉄炉を分析・検討することから始まりました。炉の幅・長さ・高さの他、送風装置である踏みふいごや踏み板の規模が検討され、羽口の設置方法や燃料である炭の選択、原料の砂鉄や、炉材となる粘土の検討などが行われました。
この過程で最も苦慮したのは、粘土の選択でした。炉内の温度は最高1,400℃にまで上がりますから、熱に強いことはもちろんですが、逆に、砂鉄が溶けて鉄とそれ以外の不純物
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