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 まほろん秋のてんじ  

写真提供:小学館

2 甲冑形埴輪(本宮町天王壇古墳出土 古墳時代後期)
 短甲と呼ばれる、鉄板を張り合わせたよろいと、つばの付いたかぶとを表したはにわです。顔や手足の表現がなく、武人はにわが登場する以前の特徴を備えています。
3 陶棺(いわき市後田古墳出土 古墳時代後期)
 陶館とは焼物でできた王の棺で、大正2年に発見されました。西日本、とりわけ中国地方や近畿地方に多く見られますが、東日本では、ごくわずかしか類例がなく、東北では唯一のものとなっています。当時の政治や文化のありようを考えるうえで、貴重な資料です。

  ふくしまの重要文化財V
−考古資料 古墳時代・はにわ編−
 期間 10月2日(土)〜12月5日(日)
 今年のまほろん秋のてんじは、重要文化財に指定されている県内のはにわを紹介します。おだやかな笑み、いかめしい「へ」の字口、美しい衣装。私たちは、はにわ人たちの造形の見事さや表情ばかりに目をうばわれがちです。しかし一方では、はにわ人たちの見事な造形は、王者同士のつながりのあらわれでもありました。ふくしまのはにわたちは、古墳時代の中で、どのように変化を遂げてきたのでしょうか。以下で主な展示品をご紹介します。
1 埴輪男子立像(泉崎村原山1号墳出土 古墳時代中期)
 どっしりとした体格と力強いふんどし姿から、力士のはにわと考えられています。右手を上げて左手を腰にあてるポーズは、現代の土俵入りに共通するポーズです。
 原山1号墳から出土したはにわは、音楽を奏でる者や踊りをおどる者など、人物はにわのバリエーションがたいへん豊かなのが特徴です。
 シリーズ復元展示

必要があります。しかも、この対策は平安時代の工人たちが採用した可能性が高いものでなければなりません。
 この対策の絞り込みは非常に難しかったのですが、相馬地方の砂鉄に多く含まれているチタン成分を利用することにしました。酸素が鉄に含まれる炭素と反応するのではなく、チタンと結びつくようにしたわけです。
 この対策により、3回目の制作は、見事に成功しました。しかしながら、できたばかりの梵鐘を叩いた瞬間、腰を抜かさんばかりに落胆しました。2回目にあれほど響いた鐘の音が、全く響かなかったのです。鉄製鋳物製品の制作では成功を収めたものの、音を鳴らす梵鐘としては大失敗でした。
 このように、3回の制作を通して、いかに鉄製の梵鐘復元が難しいかを痛感しました。
<館長による復元した鉄製梵鐘の撞き初め>

 おそらく、今から1,200年前の平安時代の工人たち
も、今回のような様々な困難に直面したと思います。そして、色々な対応策を練りながら、鉄製の梵鐘制作を行ったと思います。まほろんでは、今後も資料の復元を通して、今では残っていない技術の復元にこだわっていきたいと思います。

 前回につづき、平安時代の鋳造遺跡(福島県新地町向田A遺跡)出土の鋳型から復元した鉄製梵鐘のお話しをします。
 さて、前回は1回目の梵鐘制作がカーボンボイリング現象(原料となる銑鉄中の炭素分が空気中の酸素と反応し、火花などが発生する現象で、鋳物製品にあばた状の痕跡やひび割れができる)により失敗したお話しをいたしました。
 これを受け、2回目の制作では、砂鉄原料の銑鉄5:鉄鉱石原料の銑鉄5の割合として鋳込みました。今回は、僅かにカーボンボイリング現象が起きましたが、みごとに成功いたしました。火花の発生も少なく、鋳上がった梵鐘にもヒビ一つなく、僅かに龍頭や梵鐘の上方(上帯や乳の間)に浅いあばた状の痕跡が認められるのみでした。今回のテーマとした鉄製梵鐘の音色も「カーン」という非常に甲高い音で、余韻は約1分ほど続きました(この復元梵鐘の音色は、まほろんのホームページで聞くことができます。ぜひ、一度お聞きください。)。
 この2回目の鋳込み成功に、ほっと胸をなで下ろしましたが、平安時代の工人たちが使用した原料(銑鉄)と、2回目で鋳込んだ原料は異なっています(平安時代の工人たちは、砂鉄原料の銑鉄で製品を制作していたと考えられます。)。このため、3回目は、平安時代当時の原料に近づけるために、砂鉄原料の銑鉄を使用することとしました。ただ、この原料で鋳込んだ場合、おそらく1回目と同様、カーボンボイリング現象が起きるため、これを抑える何らかの対策を講じる

 

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